小売業(スーパー)のケーススタディ
注:実際事例をもとにしつつ、内容・金額など変更して記載しております。
1. 案件の概要
(売手・対象企業)
・スーパー
・資本金:1億円以下、売上規模:100億円以下、店舗数:10店舗
・従業者数:約100名、他パート約200名
・株主:創業オーナー一族 他多数
(買手)
売上規模5000億円程度の上場企業
2. M&Aの背景
(売手)
対象会社は、九州地方にある地場の総合スーパーです。県内を中心に10店舗運営しています。かつては年商が100億を超え、地域の生活を支える老舗スーパーとして名を馳せていましたが、近年は、近隣にできた専門スーパーやコンビニエンスストアに押され、業績は徐々に悪化していました。金融機関の力を借りながら、赤字店舗を閉鎖するなど、何とか事業を継続してきましたが、いよいよ自力での事業継続は難しいと考えるようになり、M&Aでスポンサーとなる企業を探すことになりました。
3.財務DDのポイント
(1)ビジネス面・スキーム面
①買い手は上場企業
対象会社は未上場の中堅スーパーです。多額の銀行借り入れがあるなか業績が悪化していることから、何としても黒字の決算書を作成して銀行に提出する必要がありました。そのため、減価償却費の停止や各種引当金の未計上など、中小企業では比較的多くみられる会計処理を行うことによって、何とか表面上黒字を確保した形になっていました。
これに対して買い手は上場企業であり、M&Aが成立した場合には対象会社は上場企業の連結子会社となるため、できるだけ財務会計(会社法又は金融商品取引法)に基づく基準で評価しなければなりません。また、所有している不動産や有価証券などについても時価評価が必要となります。
(2)BS面
① 在庫の評価
対象企業の在庫の評価は、売価還元法に基づく原価法を採用しています。しかしながら売価還元率は10年以上前の過去のものが今でも利用されており、現在の原価実績率に基づいて再計算する必要がありました。したがって、当該実績率に基づき修正をします。
② 過年度減価償却不足額の計上
対象企業においては、以前から業績不振のため、銀行対策として減価償却費の計上を停止していました。そのため、過去の適正な減価償却に基づく簿価に修正します。
③ 土地の時価評価
対象企業は、10店舗中7店舗を自社所有していますが、これらの土地について、固定資産税評価額に基づく時価評価額(固定資産税評価額÷0.7)で簡易的に評価します。
④ 未払人件費及び未払経費の計上
対象企業の給与は20日締め25日払いであり、給与が支払われたときに全額費用処理されています(現金主義)。そのため、発生主義に基づき21日から月末分の未払い給与を計上します。
また、経費については、現金主義で計上されており、1か月分の経費が計上されておりませんので、発生主義に基づき計上します。
⑤ ポイント引当金の計上
対象企業は、ポイント制度を採用していますが、ポイントの発行残高管理が行われていません。現在は、ポイントを利用した時点で初めて処理しており、付与時点では会計処理が行われていません。
しかしながら、会計上はポイントの付与時点で既に潜在債務が発生していることから、一定の仮定に基づく将来の見積り使用率により引当金を計上します。
⑥ 賞与引当金
法人税法上の損金算入の要件を満たさないため、引当金を計上していない賞与(引当金)がありました。支給対象期間に基づいて引当計上します。
⑦ 退職給付引当金の計上
法人税法上の損金算入の要件を満たさないため、引当金を計上していない退職給付債務がありました。退職金規程に基づき、要引当額を見積もり計上します。
(3)PL面
① 退職給付引当金の繰入額の計上
現在は、現金主義に基づき、従業員の退職時に実際支払額を費用計上していますが、発生主義に基づき、退職給付債務の今期の増加分につき、退職給付引当金繰入額を計上します。
② 減価償却費の追加計上
過年度より停止している減価償却費について、過去より適正な減価償却費の計算をしたと仮定した場合の今期分の減価償却費を計上します。
4.対象企業の決算書
(1)BS 純資産
主な調整項目:
① | 売価還元法の修正 | ▲60百万円 |
② | 過年度減価償却不足額の修正 | ▲235百万円 |
③ | 土地の時価評価 | ▲50百万円 |
④ | 未払経費・人件費の追加計上 | ▲120百万円 |
⑤ | ポイント引当金の計上 | ▲15百万円 |
⑥ | 賞与引当金の計上 | ▲30百万円 |
⑦ | 退職給付引当金の計上 | ▲180百万円 |
(2)PL 営業利益
主な調整項目:
① | 退職給付引当金の認識 (現金主義から発生主義へ) | 30百万円 |
② | 減価償却費の追加計上 | 60百万円 |
(3)会計上の主要な論点(未修正項目)
① 減損会計
対象会社においては、未上場企業であることもあり、減損会計は適用していません。
減損会計を適用する場合、まず、各店舗を独立したキャッシュフローを生み出す単位としてグルーピングを行い、各店舗の営業損益の状況等から減損の兆候が生じているか否かを検討する必要があります。会社の内部管理資料によれば、本部費配賦前の営業損益で赤字となっている店舗はありませんでしたが、本部費の配賦方法によっては、赤字となる店舗が生じていました。
このため、減損損失の認識が必要となる可能性があります。
② 資産除去債務
対象会社においては、未上場企業であることもあり、資産除去債務に関する会計基準は適用していません。当該基準を適用する場合、賃借物件の退去までの合理的な期間や退去費用を見積もる必要がありますが、賃借契約については、基本的に、自動更新が可能であり、現在特段の退去を予定している店舗もないことから、修正を行っておりません。
なお、退去にかかる費用については、社長ヒアリングによれば、内装だけなら30千円/坪程度、建物躯体の取り壊しだと50~60千円/坪かかるとのことです。
③ 役員退職慰労引当金
対象会社においては、役員退職金規程が存在しています。当該規定に基づいて、現在の役員の退職金の要支給見込み額を計算すると、200百万円となります。
しかしながら、役員退職金については、原則として株主総会での決議事項であり、本M&A案件の当事者との協議により決定される性質のものであるため、役員退職慰労引当金の計上を行っておりません。
④ 未払残業代
対象会社は、従業員が100名程度いるほか、パート・アルバイトを約200人雇用しています。これらに付き、一部未払の残業代が発生しているものと思われます。これらについては、最大で80百万円の偶発債務(3年分)が存在しています。
⑤ 税効果会計
対象企業は、未上場企業であることもあり、税効果会計は適用しておりません。また、現状は、実質的に赤字が継続しているため、繰延税金資産を計上したとしても、回収可能性が見込めないと思われます。但し、買い手がシナジー効果を発揮し(例えば、共同仕入れによる仕入れ価格の改善等)、黒字に転換された場合には、多額の繰延税金資産が計上できる可能性があります。
5.財務DDがM&Aの意思決定に影響を与えたポイント
本件では、税務会計を利用した実態を表さない決算書に対して、財務デューデリジェンスを実施することにより、減価償却費の適正な計上や各種引当金の計上といった適正な会計基準の適用と土地等の時価評価により、実態の純資産を把握することができました。また、正常収益力を示すことで、今後どれだけ改善しなければならないのかについても示すことができました。
特に、本件の様な実質債務超過の会社でも、小売業の場合には共同仕入れによる値入率の改善により大幅に収益が改善する可能性もあるため、M&Aの意思決定にあたり、実態純資産と正常収益力及び税効果(繰延税金資産)の関係を示すことは大変有意義なものとなりました。
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